論文紹介 (Randall and Emanuel, 2024 BAMS)

The Weather–Climate Schism

Randall, D. A., & Emanuel, K. (2024). The weather–climate schism. Bulletin of the American Meteorological Society105(1), E300-E305.


短い論文,というかエッセイ。

shismという単語は見慣れないが「分裂」という意味。「宗教団体の分裂」という意味で主に使われるらしい.


この論文は,問題提起をするものである.その問題とは

アメリカの大気科学コミュニティでは,天気の研究者と気候の研究者の間に長年にわたる分断が存在し,学術機関や学会,さらには資金提供機関にまで及んでいる.この分断は,相互理解の欠如やステレオタイプによって悪化していて,科学の進歩を妨げている.

というものである.

この天気-気候の研究者間の分断を修復することで,相互協力により双方の研究にとって大きな利益がもたらされると考えられるので,その議論のきっかけとして,このエッセイでは分断の歴史を記述し,解決策を提案している.


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まず,気象と気候の研究の違いはどういう点にあるのだろうか.

主に時間スケールでこれらは分けられると考えられる.このエッセイでは,気象の研究は,10日程度以下の時間スケールでの気象の理解と予測に重点を置いているが,気候の研究は,気象変数の統計的振舞いを理解し,それが内部変動や外部強制によってどのように変化するかを扱うものである,と書かれている.これはそうだと思う.


そして,このエッセイの2段落目にかなりダイレクトなことが書かれているのだが,簡単に訳してみると,

特に米国では、比較的小規模・短い時空間スケールに焦点を当てた気象研究を,範囲が狭く,過去と将来の気候変動という壮大な問題から切り離されているとみなす気候科学者がいる.一方で,気象科学者の中には,気候科学者は気象について無知であり,気候科学は現在の観測では評価できない将来の気候変動に関するシナリオに基づく「予測」に過度に重点を置いていると考えている者もいる.このような不幸な固定観念は,特にアメリカで広まっている.こうした固定観念が,アメリカにおける地球システム科学の進歩を遅らせている.

こんな感じである.なかなかに刺激的である.

中緯度の気象と気候を研究対象としている私自身,アメリカの研究業界を外から眺めていて「確かにそうだわ」と感じる内容が含まれている.というのは,気候研究寄りのコミュニティから見た時に,気象の研究との距離がヨーロッパに比べてかなり遠い,というような印象がある.


では,分断はいつから始まったのか.

分断の始まりはアメリカの数値予報の黎明期だった,と書かれている.1940年代~1950年代にアメリカで最初の数値予報が行われたが,学術的な活動としてスタートしたために,オペレーショナルな予報現場とは距離があった.この時点で,学問としての気候研究と,天気予報の間に立場の違いが生じ始めた.

1979年に,NCARの気象部門 (Atmospheric Analysis and Prediction; AAP) が,気候志向のCGD (Climate and Global Dynamics) と天気志向のMMM (Mesoscale and Microscale Meteorology) に分割され,物理的にも別の建物に分かれた.これが分断を制度的に固定化する要因となった.

NOAAでは,気候モデル (GFDL) と天気予報モデル (NCEP) が長年別々に開発され,統一されてこなかった.これにより研究・運用の連携が阻害された.

また,AGU (アメリカ地球物理学連合) は気候寄り、AMS (アメリカ気象学会)は気象寄りの傾向があって,NSF内の気象・気候プログラムも分かれて設置されている.


ヨーロッパでは状況が異なると分析されている.

ヨーロッパでは1979年のECMWF設立以降,天気と気候の統合が進み,ユニファイド・モデリングの体制が確立さ,高解像度数値モデルを共有して成果をあげている.一方で,アメリカは両コミュニティの分断が続き,遅れを取ることになった.

モデルにおける気象と気候のシームレスな融合というのは難しいらしいのだが,近年では,気候モデルとしても気象スケールの現象 (深い対流など) を精緻に表現できる解像度のモデル (global storm-resolving model; GSRM) が使われ始めていて,両分野の統合が技術的に可能になりつつある.これを通じて,気象学者と気候学者の協力が,双方にとって大きな利益をもたらすと期待される.


分断を改善するための策として提案されているのは以下のようなものである.

  • 大学院教育で気象と気候の両方を学ぶカリキュラムの導入
  • NCAR内の気象・気候部門の統合
  • NSF,NASA,NOAAで統一された数値モデルを使用
  • 気象モデル開発に大学研究者が関与できる仕組みの強化
  • AMSとAGUによる両分野のバランス強化と交流促進
  • NSFによる天気・気候を横断する研究プログラムの構築

なかなか難しそうである.NSFでは最近Division of Research, Innovation, Synergies and Education (RISE)という部門を設置したらしく,これが上に挙げたような方向性へのステップとなるかもしれない.

1番目は日本でも考えなければならない気がする(気候を研究に接続できるレベルで学べる大学・大学院が僅少であるという点で).3番目や4番目も色々と当てはまりそうである・・・


ちなみにこの論文には4人の査読者が付いたようで,うち1人はIsaac Held博士である.






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