論文紹介 (Nielsen et al. 2021 PNAS)
Global citation inequality is on the rise
Nielsen, M. W., & Andersen, J. P. (2021). Global citation inequality is on the rise. Proceedings of the National Academy of Sciences, 118(7), e2012208118.
この論文は,研究業界における「引用の不平等」の変化について,400万人以上の著者と2600万本の論文データをもとに調査したものである.そしてその結果,2000年から2015年にかけて,引用の不平等が著しく増大していることが明らかになった.上位1%の「引用エリート」が占めるシェアは14%から21%へと上昇し,ジニ係数も0.70に達している.この背景には,エリート著者層が共同研究を戦略的に拡大させて生産性を維持する一方で,一般の研究者の相対的な出版シェアが低下しているという構造的変化が存在する.本研究は,研究に関わるエコシステムにおける資源と名声の集中が,知の多様性や競争にどのような影響を及ぼすかという重要な懸念を提起するものである.
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1.背景と意義
科学コミュニティは高度に階層化された社会システムであり,資金や名声は極めて不均等に分配されている.先行研究では,実績のある者がさらなる報酬を得る「マタイ効果」が指摘されてきたが,近年のグローバルな変化の中でその格差がどう推移しているかは不透明であった.
本研究は,最先端の著者同定技術を用いることで,118の科学分野におよぶ世界規模のデータから,著者レベルでの引用集中の時間的推移を初めて定量化したものである.
2.データと手法
データの抽出と著者同定
Web of Science(WoS)から,ジャーナルでの出版が主たる対話手段である医学・健康科学,自然科学,農学の3分野のデータを取得した.名寄せ(著者同定)の精度を担保するため,WoSに5報以上の出版物がある著者に限定し(つまりこの研究の分析結果を学生などに帰することはできない),最終的に4,042,612人の著者と25,986,133本の論文を分析対象とした.
引用のインフレ調整と正規化
論文数と引用文献数の増大に伴う「引用インフレ」を補正するため,独自の指標「インフレ補正済み分野正規化引用スコア nics」を導入した.ある年 y におけるある分野 f の個々の引用の価値 ρ(y) を,その年の総引用文献数の逆数として定義し,新しい年代の引用ほど重みが低くなるよう調整している.
nics =ics(f,y)/mics(f,y)
ここで,icsはinflation-corrected citation score:
ics = Σjρ(j)
で,micsはicsを規格化したのちに全ての分野・年で平均したものである.
この手法により,異なる分野や年代間での公平な比較を可能にし,著者数や論文数の増加によるバイアスを排除した.
3.結果
引用集中の上昇
過去15年間で,引用エリート(上位1%)への集中は着実に進行している.2000年から2015年の間に,上位1%のシェアはフラクショナルカウント(共著人数による按分)で14.7%から19.6%へ,フルカウントで14.1%から21%へと増加した.また,引用の不均衡を示すジニ係数も0.65から0.70へと上昇している.
出版と共同研究の乖離
この格差拡大は,出版および共同研究のパターンの違いに起因する.
上位1%層: 共同研究を大幅に増やしており,年間平均共同研究者数は35人(2000年)から111人(2015年)へ急増した.これにより,フルカウントでの出版数を維持・拡大させている.
一般層(50〜75パーセンタイル): 共同研究の規模は拡大しているものの,1人あたりの出版数は上位層よりも大幅に減少している.
結果として,エリート層は出版と引用の両面でシェアを拡大させることに成功している.
地域・機関別の動向
国別では,オランダ,英国,スイスなどの西欧諸国やオーストラリアの大学でエリート層の集中が加速している.一方で,かつて圧倒的だった米国や,中国,日本などは,エリート集中率において相対的に低下あるいは横ばいの傾向にある.
機関別に見たジニ係数は横ばいであるが,そもそも0.96というとんでもない数値なので(俄かには信じがたい数値だが),これ以上拡大しようがないのだろう.
4.考察と結論
本研究は,科学界における「持てる者」と「持たざる者」の溝が深まっていることを明確に示した.エリート研究者は広大な共著ネットワークを通じて「共同研究上の優位性」を享受し,評価システムが一面的な計量的指標(引用数など)に依存する中で,さらに資金やポストを引き寄せる自己強化的なヒエラルキーを構築している.
このような格差の拡大は,特定のパラダイムやアイデアの独占を招き,科学における創造的な競争や多様なアプローチを阻害するリスクがある.科学システムがそのグローバルな才能を効率的に活用するためには,この構造的な不平等が知の進化に与える影響を慎重に検討し続ける必要がある.
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この論文はもちろん非常に面白いのだが,単に面白いというだけでなく,研究者がどうsurviveし,thriveしていくか,を考える上での基盤となる重要なデータであると思われる.
ジニ係数0.7というのは,定義にもよるが,再分配後(可処分所得)の数値を考えるのであれば,現在の世界のどの国家よりも高い(0.5を超える国は少なく,日本は0.3-0.4である).
再分配前(当初所得)で言えば日本はおよそ0.6(2023) であり,年金や医療給付が数値を押し下げる効果が近年大きくなっているだけで,日本の格差は順調に拡大しており,この傾向はおそらく多くの先進国で見られる共通した傾向なのだろうが,0.7というのは,再分配効果(累進課税や年金)のない日本よりもさらに格差の大きい世界であるということになる.
また,この研究の調査対象期間は2015年までだが,その後格差がさらに増大しているであろうことは想像に難くない.単純な外挿でも十分かもしれないが,近年のAIの利活用もまた格差を大きくする方向に作用しているのではないだろうか.
本論文では,過度な格差の拡大は科学にとって負の影響をもたらす可能性があると議論しているが,一歩下がって格差の拡大の是非を問わなかったとしても,「0.7」という数値が示すような,現在の社会からは想像しづらいレベルの不平等がcitationに存在することを頭に入れた上で立ち回ることに,大きな意味があるのではないだろうか.

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